<   2006年 02月 ( 24 )   > この月の画像一覧

気付いたら今日も8時間バイト

 誰か自分に予定をください。毎週バイト希望をフリーで出すのは悲しいです。

 昨日の画像がうまく出来てなかったみたいなので修正しときました。今度は大丈夫だと思われ。Drコトーは面白くないドラマだと思われ・・・。吉岡秀隆は北の国からだと思われ・・・。
[PR]
by iigaiya | 2006-02-27 22:12 | どうでもいいがいや

おきなわ~♪ Part3

 3日目はちゅら海水族館の帰り、北谷(ちゃたん)町にある美浜アメリカンビレッジに寄った。嵐がどうしても行きたいって言うから。首里城とか有名観光地の場所は全然調べてないのにこうゆう場所だけはしっかりとチェックしている。美浜アメリカンビレッジは嵐の言う“お台場”みたいなところ。まあ、実際そんな感じだった。唯一違うとすればその一角にジャスコがあったところかな。周辺一帯はアメリカナイズされた建物が並んでいて、一帯がアミューズメントバークみたいな感じ。アメリカっぽいだけあって米軍関係者だと思われる外国人がたくさんいた。
彼らが乗っている車はほとんど普通の車と同じだが唯一ナンバープレートが違っていた。普通、「わ」やら「ま」などの50音が表示される場所になぜか「Y」とかかれてあること。WIKIによると「A」や「E」もあるらしい。いずれにせよアメリカ人の数が半端なかった。
 自分は行くことにあんまり乗る気じゃなかったにも関わらずついつい買い物に走ってしまい、札幌の部屋にNew Comer を迎え入れてしまった。
f0028773_21452366.jpg

いいしょ、この頭デカイの。大きいの1つと小さいの4つ買ったにも関わらず、レシート見ると大きいのも合わせなぜか計4点に。どうやら、小さいの1つ店員が見逃してしまったらしい。ラッキー。札幌ではこうゆうのありそうでないんやよ。自分が探しきれてないだけの可能性は大いにあるけど。そのあと、Tシャツまで買ってしまった。気付いたら嵐より多くここで買い物しとった。いや、面白い場所やった。ここで飯食べた後に那覇市街地へ戻りお土産買いになった。自分はバイト先へのお土産しか買ってないんだが、嵐のお土産の量はハンパなく大量だった。あんなにもお土産あげる人がいて幸せ者やな~。

 もうだめだ。今日は久しぶりにバイトがあってもう疲れて書けない。ほんとはいろいろ書く構想練ってたのに。書く気力がない。残念。とりあえず、写真だけアップしときます。今回は若干大きめサイズにしとくのでクリックすると大きくなります。

↑ガジュマルと嵐。ガジュマルの木は気根と呼ばれる枝(根?)を地面へと垂れ下げる。そして、地に着くと根になる。それが激しくなったらこうなる。もう、ここまでくるとどれが最初の幹が分からない。
 
↑ちゅら海水族館の目玉。世界最大の魚ジンベイザメ。人間と比べてもらえばどれだけ大きいかが分かるだろう。ちなみにこの水槽のガラスの厚さ60cmもある。水の量は25mのプール22杯分らしい。


↑ちゅら海。海が緑色してる。海岸に近づくと浜辺に珊瑚の欠片がたくさん落ちている。どうやら南国の浜辺が白く見えるのは珊瑚せいみたいだ。でも、星の砂はどこにも落ちていなかった。国際通りのみやげ物はでは星の砂の入った小瓶が一つ30円で売られていたけど・・・。
[PR]
by iigaiya | 2006-02-26 21:53 | 旅っていいんやよね~

おきなわ~♪ Part2

 居酒屋のカウンターに座り絵葉書を書くことに。島らっきょうを肴にオリオンビールを飲む。隣では大学生が親のすねをかじりすぎだ!とどこかの大学関係者が言っていた。すいませんねぇ親のすねかじっててと思いつつ絵葉書を書いた。アルコールを取りながら書いていたせいかいつもより案外すんなりとかけた。もしかしたら、ブログを書くようになったから少しは文書くのがうまくなったのかな。
 絵葉書をそうそうに書き上げ居酒屋を出た。そのまま帰ってもよかったが、せっかくのこんなにも気持ちのいい夜。少し散歩しようと思いホテルの周りを散策することにした。ホテルの窓から見て分かっていたことだが、国際通りの周りにも案外古い民家が残っている。それらを探してぶらぶら歩いていた。国際通りから1歩脇道を入るとそこにはもう民家が立ち並んでいる。表通りの賑やかさと裏腹に脇道を入ると一気にあたりは静寂に包まれていた。聞こえるのは鳥の鳴き声、窓を開けているからだろう微かなテレビの音、犬の鳴き声。日本の夜の住宅街の典型を見ているようであった。行く前、沖縄は異国情緒あふれる町だと思い込んでいた。琉球瓦の民家でもそうだし、台風から家を守るためのコンクリートの家も日本っぽくないイメージを持っていた。しかし、実際見てみるとこれが逆に日本っぽい。なぜだろうか。
 “日本っぽい”と一番強く感じたのは首里城付近にある石畳の道を歩いている時だった。景観保護がされているのだろうが、石畳の道や古い民家が見事に維持されている。石畳の道を歩いていると、周りの景色は自分の中にある“昔の日本”のイメージそのものだった。自分自身、昔の日本を経験しているわけではないので正確に言えば自分が想像していた“日本の原風景”と一致したというべきか。いずれにせよ沖縄は自分が今まで行った土地の中で一番と言っていいほど日本っぽい感じを醸し出していた。
 大学の教授やあの、小林よし○りが「台湾論」(教養として読んだだけですよ。あしからず)で言っていることだが台湾では日本の文化、風土が日本以上残っている場所だという。やはり、沖縄や台湾は離島なだけあって新しい文化が流入されにくいのだろうか。沖縄方言のウチナーグチにも昔の日本語が多く残っているとされているし。とにかく、間違いなく北海道より沖縄のほうが日本っぽい。1972年まで沖縄は日本じゃなかったなんて思えないぐらいの日本だった。ちなみに沖縄返還の1972年は語呂合わせで「びっくり、なつかし沖縄返還」。びっくり、なつかしで1972。
 しばらく散歩していると小腹が空いてきた。そこで近くのラーメン屋に入ることに。嵐が指摘していたことだが、沖縄にはラーメン屋が少ない。確かにそば屋(沖縄そば)は多いがラーメン屋は少ない。毎食普段食べない沖縄料理を食べていたので普通の塩ラーメンがことさらおいしく感じた。でも若干しょっぱかったけど。
 部屋に帰ると嵐は起きていた。もう今日は疲れた。部屋においてあった泡盛をコップ1杯飲むと、体中の血管という血管が広がっていく感じがした。さすが30度もある泡盛である。そのままコンタクトも外さずベットに横になる。もうなにも出来ない。何も考えられない。明日どこに行く?そんなこと考えられない。気が付いたら自分は寝ていた。(寝ていたら気付けないだろ!っていう突っ込みはなしでw)
f0028773_11444190.jpg
 ↑レンタカーと嵐さん
f0028773_1145188.jpg
 ↑ハイビスカス。守礼門付近にて。2月なのに陽気は完全に初夏。
f0028773_11452283.jpg
 ↑石畳の道。左手前に見える「石敢當」は沖縄に伝わる一種の魔よけみたいなもの。沖縄旅行で一番印象深い場所だった。
f0028773_11453787.jpg
 ↑シーサーさん。案外間抜け顔のシーサーが多い。
[PR]
by iigaiya | 2006-02-25 11:45 | 旅っていいんやよね~

おきなわ~♪ Part1

 前回紹介した「ミートグラタン」改め「ミートドリア」を食べ終わり、出納帳もつけ終わった。そろそろ、ブログのエントリー書きにはいろう。この4日間の疲れが溜っいて若干ボーっとしているけど、出来る限り頑張って書こう。出納帳つけた結果、今回の旅行では4日間で計6万8979円も使っていた。そのうち前払いの飛行機と宿泊費で3万9800円だったので、沖縄行って実際使ったお金は29179円也。やはり食費がかかる。あとはお土産や観光地の入場料が大きい。でも、まあ、妥当な出費だと思う。そんなもん。
 さて、前置きはこれぐらいにして本題に入りますか。今回も焼尻の紀行文と同じように時間系列順で書いてもいいがそれだと二番煎じになる。時間順に書くのが一番書きやすくていいのかもしれないが今回はあえて違う書き方をしてみたい。1日目と4日目は大半を移動に費やし特筆することがないので割愛させていただくことにして、2日目と3日目の夜の2回を舞台にしてその日のことを思い出すような感じで書いてみたい。だから時間はバラバラ。でも、時間系列で書くより考えがある程度まとまって書くことが出来るような気がする。あとは沖縄で見た観光地じゃない普通の町並み、沖縄の人を見て感じたことを書くにはこっちのほうが好都合な気もする。編年体だけじゃなくて紀伝体的に。みたいなw
 実際、まだ書いてないから上記のようにうまく書けるかは分からない。ていうか、うまく書ける自身はない。言うだけ言っておいて全然ちがう感じになるかもしれない。でも、まあ、それはそれでいいかなと。なんせ、いいがいやですから。
 前置きはこれぐらいにして・・・と言いつつまだ本題に入ってないwそろそろ本当に本題に入ります。時は2月22日夜8時ごろ。宿泊先のホテルから始めていきま~す。

 ホテルに着いたときはもう自分も嵐(一緒に沖縄に行った友達)もぐったりだった。前日寝るのが遅かったにも関わらずこの日は朝の8時前に起き、沖縄の南部を那覇市を基点に一周するような感じで見て回った。移動手段は車。自分は免許を持っていないから運転は全部嵐にまかせっきりだった。ただ助手席に載って口だけ動かしていただけの俺でもホテルに帰ってきてぐったりなのだから、集中して運転していた嵐はもっと疲れていただろう。ベットでヨコになり携帯をいじっているように見えた嵐はよく見てみると携帯を持ちながら寝ていた。それだけ疲れていたのだろう。9時前で寝るには早かったが、自分も寝ようかなと考えながらボストンバックの中を整理していた。すると、中から昼間に買った絵葉書が出てきた。祖母に書いて出そうと思い首里城で買っていたのだ。父方の祖母には日ごろから俺のことを気にかけてくれ、事あるごとに手紙をよこしてくれるし、勉強代、旅行代と言ってお金をくれることもしばしばある。お金をくれるからという理由ではないが、何かこちらとしてもその恩を報いたいと常々思っている。だから、いつも旅行する時は旅行先から祖母に手紙を書いている。今回もそれを思って守礼門の絵写真を買っておいたのだ。
 書くなら早いうちがいい。そう思い立ち絵葉書を書こうと思ったが、がなんとなく部屋で書くのは気恥ずかしい。疲れていたがどこか外で書こうかと思い絵葉書をトートバックに入れ身の回りを一通り整理した後、財布が入っているウェストポーチを持ってそっと部屋を出た。日中の気温が26℃まで上がったこの日は夜も暖かく長袖のシャツを羽織ってちょうどいいぐらいだった。沖縄一の繁華街、国際通りの中心部へ向う途中どこで絵葉書書こうかな~と思案していた。しかし、その道中、自分は大変なミスをしていることに気付いた。財布と携帯を持って出てきたが、肝心の絵葉書を入れたトートバックはホテルに置いてきたのだ。ほんと、自分のダラさには辟易する。
 絵葉書を書くのは案外大変で時間がかかることは前々から知っていたのでこの機会を失うと次はいつかける機会があるか分からない。そう思った俺は絵葉書を買うことから始めることにした。国際通りにあるお土産物屋で絵葉書を探すが案外ない。あったとしても、さんご礁の海やイルカなどの風景画で自分が求めていた首里城などの沖縄の有名スポットを描いたものがない。国際どおりには無数に土産物屋があるがどこも置いているものは大差がない。どれだけ探しても全然見つけられないので自分は半分あきらめながら国際通りを歩いていた。国際通りは沖縄の戦後の経済的発展を担った地域である。戦後この通りにビルが建っていく様子を見て、人々は目覚しい発展に感嘆し、いつしかこの通りは「奇跡の1マイル」と呼ばれるようになった。しかし、今は一大観光地となり地元住民のための店は少なくお土産屋が軒を連ねる通りとなってしまっている。
 国際通りには欲しい絵葉書はないかな・・・とあきらめていた時、偶然にも路上で絵葉書を売っている人を見つけた。地べたに広げられたものを見ると、そこには首里城や守礼門の絵葉書もある。普通の店で買うよりこうゆうところに売っている物の方が温かい感じがする。売り手の兄さんと少し会話をしながら色々迷った挙句、結局沖縄の古い民家が書かれてある絵葉書にした。平屋建てで琉球瓦が葺かれてある民家。売り手のお兄さん曰くこの近くにある古い民家をモデルにして描いたとのこと。
 首里城、守礼門の絵葉書がいいかなって思っていたがそれは一番受けがいいからで、実際行った感じでは首里城や守礼門がそこまでいいとは思わなかった。首里城、守礼門どちらも第二次世界大戦にて焼失しており、今あるのは戦後になって再建されたものである。再建されたものはやはりどれだけ精巧に作られていようがそれに威厳を感じないし感銘も受けない。それを見て歴史に思いを馳せることが自分にはできない。それは復元であると知っているからであるからかもしれないし、琉球の歴史については門外漢であることも関係するだろう。しかし、今の自分にとって首里城や守礼門はただの沖縄のシンボルであり、それ以上のものとは感じなかった・・・。


やばい、この調子だとまた長くなる・・・。今日は疲れたのでこれぐらいにしときます。3~4人の読者の方々、気長にいいがいやの話にお付き合いくださいまし。

f0028773_2391238.jpg
 ↑有名な守礼門。平日にも関わらず、修学旅行生や観光客でごった返してた。
f0028773_2392568.jpg
 ↑首里城。戦前までは守礼門と共に国宝に指定されていた。しかし、戦争で消滅。戦前と変わらないのは土台の石垣だけてある。
[PR]
by iigaiya | 2006-02-24 23:15 | 旅っていいんやよね~

はぁ・・・。

 今、エントリ書いてたのにちょっと不用意なことしたら消えてしまったよ。9割がた完成してたのに。もう1度書く気にはなれない。あ~、今までの40分はなんだったんだ~。悔しい。
 明日、沖縄に行きます。ってことで、ブログもしばらくお休みします。24日か25日ごろには再開します。で、沖縄レポートします。写真も出来るだけ取ってきます。またページが重くなるだろうけど、我慢してくれ。今日の沖縄は雨らしい。明日は晴れるといいな~。
[PR]
by iigaiya | 2006-02-20 18:21 | どうでもいいがいや

菜箸

 安い菜箸を使っているとだんだん曲がってくる。八の字にグニャって。そうなるともう全然つかめなくて・・・。まさに、今、家にある菜箸がそう。で、もう我慢できんくなったから今日、ロフトで新しいのを買ってきた。682円もした。孟宗竹で出来ててパッと見ではなかなかいい感じだった。が、しかし、家でそれ開けてよく見てみてびっくり。最初っから若干「八」の字に曲がってやがった!これじゃ使えんがや!!でも、高かったので意地でも使ってやる。け、ちゃんと見て買うべきやった。まさか最初っから曲がっとるとは思わんかった。多少鬱気味・・・。
 ってか、沖縄旅行は明後日やで!まだ何も用意も予定も立ててないけどいいんやろうか。まあ、旅行する時はいつも旅行当日準備してるから、ある意味普通なんだけど。いつもは1人で行くから計画なんて立てなくて自分の好きなところに行けばいいけど、今回は3人での旅行。そういうわけにはいかんと思われ。ちゃんと行く場所計画立てるべきじゃないけ嵐さん??自分的には「平和祈念公園」と「首里城」ときれいな海を見たい。玉泉洞っていう洞窟とか旧海軍司令部壕に行ってみたいけど、まあ、他に行きたいところがあるなら妥協するけど。どうせ、飛行機の中orホテルで行くところを決めることになるんだろうけど。
あと、どんな服もって行けばいいがかな。沖縄はここのところ20℃ぐらいらしい。長袖のシャツぐらいの格好でいいのかな。さすがに半そでは寒いような気がする。海で泳ぐことは・・・さすがに無理だろう。
 
 なんか今日は文体がおかしいぞ。いつもに増して話言葉になっとる。頭に出てくること整理せずにポンポンと書いたからかな。基本的にエントリーでは石川弁使わないようにしとるがに、今回は使いまくってるし。ま、いっか。いいがいやって事で。
 
[PR]
by iigaiya | 2006-02-19 21:17 | どうでもいいがいや

今日はお金を1円も使わなかった。

 それもそのはず。今日は1歩も外に出てないから。終日部屋でごろごろしてた。まあ、大半寝てたんだけど。昨日の疲れが残ってて動けなかった。普段から運動してないせいで体力が全然ない。何かスポーツしたいけど面倒やし、する時間もないし。ダメダメだわ自分。今日はずっと部屋にいたから洗濯やら掃除やら普段しないことをしてた。あとは本読んだり、若干勉強したり。たまにはこんな日があってもいい。
 外出してないせいで今日書くネタがない。なので漢の料理を紹介でもします。しかも今回はいいがいやオリジナル料理!漢らしい早い!安い!おいしい!の吉○家の謳い文句に”おなかいっぱい!”を加えた4拍子そろった料理!みんなも真似して作ってみてみて。今回紹介するのは名づけて「ミートグラタン」。ミートって言ってもキンニクマンに出てくるミートとは無関係です。ミートソースのミートです。
 材料は
    ・御飯1合(炊いてある御飯)           
    ・市販のミートソース(湯煎で温めて使うやつ)1袋
    ・唐揚げ用鶏肉4つぐらい(なくてもいいです)   
    ・ミックスチーズ(パンやピザに使うチーズ)
    ・バター(マーガリンでも代替可)適量
これだけ!
  <作り方>
 1、ミートソースを湯煎にします。レンジでから鶏肉を熱が軽く通るぐらいチンします。
 2、その間に御飯をバターで軽く炒めます。2分ぐらい炒めてバターが満遍なく御飯にいきわたればOK。
 3、御飯をグラタン皿に乗せその上に鶏肉温めたミートソースをかけ最後にチーズをかけます。(このとき、グラタン皿を湯煎に使ったお湯で温めておくとよい)
 4、レンジをオーブン(温度は適当それなりに高温で)に設定して7分ぐらい焼く。
 5、チーズが溶けて少し焦げ目が就いたら完成!

お好みで人参やなす、ジャガイモを入れてもおいしく出来る。あと、ナポリタンよりミートソースの方が断然美味しい。
f0028773_23244444.jpg
 完成図
 ぜひご賞味あれ~。
[PR]
by iigaiya | 2006-02-18 23:41 | 漢の料理!

昨日はなまらしばれたべや(使い方あってる?)

 さすがに朝から晩までのバイトはつらい。本当は昨日の夜にブログ更新しようと思っとったんやけど、余りにも疲れてて家帰ってきてすぐに寝てしまった。そして今日起きたら左のお尻と右腕が筋肉痛になってた。なんで、こんなところが筋肉痛になるのか全然分からん。でも、お尻はたまに筋肉痛になるw
 昨日レジしてたら、台湾人っっぽい人が来た。すごく無愛想で何か怒っている感じ。商品を渡すと奪うように取り帰って行った。レジするほうとしてもすごい不快なお客さんだった。 
 レジしてて分かったんだが外国人のお客さんには大きく分けて2種類の人がいる。その区別は台湾や香港などの中華系に限ったことではなくて黒人や白人もインドっぽい人も一緒。その区別の1種類目はは上に挙げたような無愛想な人。自分が無理に笑顔で接客してるのに常に冷めたような感じでこっちを見てくるし何も言わない。終始無言。こっちの印象もかなり悪い。この人たちは日本が嫌いなんじゃないかってすら思えてくる。
 2種類目はフレンドリーな人。こっちが笑顔で接客すると笑顔を返してくれて「Thank You」やら片言の日本語で「ありがとう」って言ってくれる。こうゆうお客さんは相手してて気持ちいいし、なんだかうれしい。笑顔は共通言語だなって感じる。
 外国のお客さん全体的に言えることだけど、「ここは消費税は戻ってきますか?」やら「もっと大きい袋にいてれもらえませんか?」と片言の英語とジェスチャーで遠慮なく聞いてくる。日本人とは気質が違うって言えばそれまでかもしれんけど、言葉の通じない国でこれだけ(っていっても瑣末なことだけど)自己主張できるのはすごいなって思う。自分だったら絶対外国でそんな注文つけれないって思う。
 そう、ここで問題にしたいのは外国人客の良し悪しじゃなくて自分のこと。自分が海外(自分の場合中国だけど)に行った時、どんな態度とってたかなって思って。1種類目みたいな人の態度をとっていたような気がする。なんせ、気苦労が多くて。笑顔で「Thank You」って言えるだけの余裕がない。基本無言だったし。おそらく自分の態度は相手に不快な思いをさせていただろう。これじゃやっぱダメやよね。ダメな日本人だしダメな国際人だわ。これから海外に行った時ははもう少し心に余裕を持って笑顔で人に接することのできるぐらいの人間になりたい。小さなことだけど大切だと思う。未知な外国人との何気ないやり取りはその人の人格だけではなく、その人の国全体のイメージをも決定しかねないのだから。
 
[PR]
by iigaiya | 2006-02-18 11:43 | どうでもいいがいや

飲み代は食費じゃなくて交際費だろ。

 今日朝6時に起きる。軽くシャワーを浴びる。焼いた食パンを食しながら新聞を読む。昨日も日本はメダルを取れていない。7時10分家を出る。8時からバイトでスチール棚の解体をする。朝から重労働。開店から昼間までは単純補充。裏方でビニールを剥くのはとても楽。12時30分、昼食。ザンギ弁当を購入。弁当に入っている五穀米が美味。健康になれそう。1時30分、倉庫の整理に入る。やたら重たい段ボールと格闘すること3時間。腰が痛い。16時から30分休憩。16時30分からは棚の小物の整理。種類が多くて分別しきることは不可能だと悟る。小物と格闘すること1時間、バイト終了。帰宅のついでにちょっと離れたゲオに寄りCDを借りる。友達と合流し、札幌駅まで戻りスープカレーを食す。辛い。顔から汗が止らない。始めは甘いが後から強烈な辛さがくるタイ風スープカレー。しかし、たいへん美味。20時前に帰宅。早速、借りてきたCDをPCに取り込む。自動で名前が表示されないCDがあり若干不満。テレビを見ながら30分程度で終了。レイザーラモンHGはやはり気持ち悪い。早く消えて欲しい。家計簿をつける。今まで食費に入れてきた飲み会費を交際費に振り替える。2月の累計食費が1万6千円まで下がる。頑張れば食費月3万でいける。バイトから電話入る。明日、朝から最終まで出勤して欲しいとの旨。お金が欲しい昨今ではうれしい限りの連絡。快諾する。今、10時10分。これからは中国語を勉強して1時ぐらいに寝たい。最近は中国語がご無沙汰だ。今日から気を引き締めてかかる。明日もまた6時起き。大学があるときよりもつらい日々。なんなんだろう大学生とは。
[PR]
by iigaiya | 2006-02-16 22:08 | どうでもいいがいや

はるうらら。

 「俺は大学卒業するまでこのバイト続ける」
 って言ってた同じ大学の法学部のヤツが3月いっぱいでバイトをやめるらしい。ずっと続けるって言ってたのにちょっと裏切られた気分。彼はダブルスクールを本格的に始めてロースクール目指すらしい。大学の試験をも危ういって言ってたヤツがロースクールなんぞにいけるのだろうかと思ったりもするが。とにかくロースクール目指して頑張ってもらいたいものでふ・・・・・・。

話が尽きてしまった・・・けど強引に続ける
[PR]
by iigaiya | 2006-02-16 00:36 | 漢の料理!