2006年 02月 25日 ( 1 )

おきなわ~♪ Part2

 居酒屋のカウンターに座り絵葉書を書くことに。島らっきょうを肴にオリオンビールを飲む。隣では大学生が親のすねをかじりすぎだ!とどこかの大学関係者が言っていた。すいませんねぇ親のすねかじっててと思いつつ絵葉書を書いた。アルコールを取りながら書いていたせいかいつもより案外すんなりとかけた。もしかしたら、ブログを書くようになったから少しは文書くのがうまくなったのかな。
 絵葉書をそうそうに書き上げ居酒屋を出た。そのまま帰ってもよかったが、せっかくのこんなにも気持ちのいい夜。少し散歩しようと思いホテルの周りを散策することにした。ホテルの窓から見て分かっていたことだが、国際通りの周りにも案外古い民家が残っている。それらを探してぶらぶら歩いていた。国際通りから1歩脇道を入るとそこにはもう民家が立ち並んでいる。表通りの賑やかさと裏腹に脇道を入ると一気にあたりは静寂に包まれていた。聞こえるのは鳥の鳴き声、窓を開けているからだろう微かなテレビの音、犬の鳴き声。日本の夜の住宅街の典型を見ているようであった。行く前、沖縄は異国情緒あふれる町だと思い込んでいた。琉球瓦の民家でもそうだし、台風から家を守るためのコンクリートの家も日本っぽくないイメージを持っていた。しかし、実際見てみるとこれが逆に日本っぽい。なぜだろうか。
 “日本っぽい”と一番強く感じたのは首里城付近にある石畳の道を歩いている時だった。景観保護がされているのだろうが、石畳の道や古い民家が見事に維持されている。石畳の道を歩いていると、周りの景色は自分の中にある“昔の日本”のイメージそのものだった。自分自身、昔の日本を経験しているわけではないので正確に言えば自分が想像していた“日本の原風景”と一致したというべきか。いずれにせよ沖縄は自分が今まで行った土地の中で一番と言っていいほど日本っぽい感じを醸し出していた。
 大学の教授やあの、小林よし○りが「台湾論」(教養として読んだだけですよ。あしからず)で言っていることだが台湾では日本の文化、風土が日本以上残っている場所だという。やはり、沖縄や台湾は離島なだけあって新しい文化が流入されにくいのだろうか。沖縄方言のウチナーグチにも昔の日本語が多く残っているとされているし。とにかく、間違いなく北海道より沖縄のほうが日本っぽい。1972年まで沖縄は日本じゃなかったなんて思えないぐらいの日本だった。ちなみに沖縄返還の1972年は語呂合わせで「びっくり、なつかし沖縄返還」。びっくり、なつかしで1972。
 しばらく散歩していると小腹が空いてきた。そこで近くのラーメン屋に入ることに。嵐が指摘していたことだが、沖縄にはラーメン屋が少ない。確かにそば屋(沖縄そば)は多いがラーメン屋は少ない。毎食普段食べない沖縄料理を食べていたので普通の塩ラーメンがことさらおいしく感じた。でも若干しょっぱかったけど。
 部屋に帰ると嵐は起きていた。もう今日は疲れた。部屋においてあった泡盛をコップ1杯飲むと、体中の血管という血管が広がっていく感じがした。さすが30度もある泡盛である。そのままコンタクトも外さずベットに横になる。もうなにも出来ない。何も考えられない。明日どこに行く?そんなこと考えられない。気が付いたら自分は寝ていた。(寝ていたら気付けないだろ!っていう突っ込みはなしでw)
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 ↑レンタカーと嵐さん
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 ↑ハイビスカス。守礼門付近にて。2月なのに陽気は完全に初夏。
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 ↑石畳の道。左手前に見える「石敢當」は沖縄に伝わる一種の魔よけみたいなもの。沖縄旅行で一番印象深い場所だった。
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 ↑シーサーさん。案外間抜け顔のシーサーが多い。
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by iigaiya | 2006-02-25 11:45 | 旅っていいんやよね~