2006年 02月 24日 ( 1 )

おきなわ~♪ Part1

 前回紹介した「ミートグラタン」改め「ミートドリア」を食べ終わり、出納帳もつけ終わった。そろそろ、ブログのエントリー書きにはいろう。この4日間の疲れが溜っいて若干ボーっとしているけど、出来る限り頑張って書こう。出納帳つけた結果、今回の旅行では4日間で計6万8979円も使っていた。そのうち前払いの飛行機と宿泊費で3万9800円だったので、沖縄行って実際使ったお金は29179円也。やはり食費がかかる。あとはお土産や観光地の入場料が大きい。でも、まあ、妥当な出費だと思う。そんなもん。
 さて、前置きはこれぐらいにして本題に入りますか。今回も焼尻の紀行文と同じように時間系列順で書いてもいいがそれだと二番煎じになる。時間順に書くのが一番書きやすくていいのかもしれないが今回はあえて違う書き方をしてみたい。1日目と4日目は大半を移動に費やし特筆することがないので割愛させていただくことにして、2日目と3日目の夜の2回を舞台にしてその日のことを思い出すような感じで書いてみたい。だから時間はバラバラ。でも、時間系列で書くより考えがある程度まとまって書くことが出来るような気がする。あとは沖縄で見た観光地じゃない普通の町並み、沖縄の人を見て感じたことを書くにはこっちのほうが好都合な気もする。編年体だけじゃなくて紀伝体的に。みたいなw
 実際、まだ書いてないから上記のようにうまく書けるかは分からない。ていうか、うまく書ける自身はない。言うだけ言っておいて全然ちがう感じになるかもしれない。でも、まあ、それはそれでいいかなと。なんせ、いいがいやですから。
 前置きはこれぐらいにして・・・と言いつつまだ本題に入ってないwそろそろ本当に本題に入ります。時は2月22日夜8時ごろ。宿泊先のホテルから始めていきま~す。

 ホテルに着いたときはもう自分も嵐(一緒に沖縄に行った友達)もぐったりだった。前日寝るのが遅かったにも関わらずこの日は朝の8時前に起き、沖縄の南部を那覇市を基点に一周するような感じで見て回った。移動手段は車。自分は免許を持っていないから運転は全部嵐にまかせっきりだった。ただ助手席に載って口だけ動かしていただけの俺でもホテルに帰ってきてぐったりなのだから、集中して運転していた嵐はもっと疲れていただろう。ベットでヨコになり携帯をいじっているように見えた嵐はよく見てみると携帯を持ちながら寝ていた。それだけ疲れていたのだろう。9時前で寝るには早かったが、自分も寝ようかなと考えながらボストンバックの中を整理していた。すると、中から昼間に買った絵葉書が出てきた。祖母に書いて出そうと思い首里城で買っていたのだ。父方の祖母には日ごろから俺のことを気にかけてくれ、事あるごとに手紙をよこしてくれるし、勉強代、旅行代と言ってお金をくれることもしばしばある。お金をくれるからという理由ではないが、何かこちらとしてもその恩を報いたいと常々思っている。だから、いつも旅行する時は旅行先から祖母に手紙を書いている。今回もそれを思って守礼門の絵写真を買っておいたのだ。
 書くなら早いうちがいい。そう思い立ち絵葉書を書こうと思ったが、がなんとなく部屋で書くのは気恥ずかしい。疲れていたがどこか外で書こうかと思い絵葉書をトートバックに入れ身の回りを一通り整理した後、財布が入っているウェストポーチを持ってそっと部屋を出た。日中の気温が26℃まで上がったこの日は夜も暖かく長袖のシャツを羽織ってちょうどいいぐらいだった。沖縄一の繁華街、国際通りの中心部へ向う途中どこで絵葉書書こうかな~と思案していた。しかし、その道中、自分は大変なミスをしていることに気付いた。財布と携帯を持って出てきたが、肝心の絵葉書を入れたトートバックはホテルに置いてきたのだ。ほんと、自分のダラさには辟易する。
 絵葉書を書くのは案外大変で時間がかかることは前々から知っていたのでこの機会を失うと次はいつかける機会があるか分からない。そう思った俺は絵葉書を買うことから始めることにした。国際通りにあるお土産物屋で絵葉書を探すが案外ない。あったとしても、さんご礁の海やイルカなどの風景画で自分が求めていた首里城などの沖縄の有名スポットを描いたものがない。国際どおりには無数に土産物屋があるがどこも置いているものは大差がない。どれだけ探しても全然見つけられないので自分は半分あきらめながら国際通りを歩いていた。国際通りは沖縄の戦後の経済的発展を担った地域である。戦後この通りにビルが建っていく様子を見て、人々は目覚しい発展に感嘆し、いつしかこの通りは「奇跡の1マイル」と呼ばれるようになった。しかし、今は一大観光地となり地元住民のための店は少なくお土産屋が軒を連ねる通りとなってしまっている。
 国際通りには欲しい絵葉書はないかな・・・とあきらめていた時、偶然にも路上で絵葉書を売っている人を見つけた。地べたに広げられたものを見ると、そこには首里城や守礼門の絵葉書もある。普通の店で買うよりこうゆうところに売っている物の方が温かい感じがする。売り手の兄さんと少し会話をしながら色々迷った挙句、結局沖縄の古い民家が書かれてある絵葉書にした。平屋建てで琉球瓦が葺かれてある民家。売り手のお兄さん曰くこの近くにある古い民家をモデルにして描いたとのこと。
 首里城、守礼門の絵葉書がいいかなって思っていたがそれは一番受けがいいからで、実際行った感じでは首里城や守礼門がそこまでいいとは思わなかった。首里城、守礼門どちらも第二次世界大戦にて焼失しており、今あるのは戦後になって再建されたものである。再建されたものはやはりどれだけ精巧に作られていようがそれに威厳を感じないし感銘も受けない。それを見て歴史に思いを馳せることが自分にはできない。それは復元であると知っているからであるからかもしれないし、琉球の歴史については門外漢であることも関係するだろう。しかし、今の自分にとって首里城や守礼門はただの沖縄のシンボルであり、それ以上のものとは感じなかった・・・。


やばい、この調子だとまた長くなる・・・。今日は疲れたのでこれぐらいにしときます。3~4人の読者の方々、気長にいいがいやの話にお付き合いくださいまし。

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 ↑有名な守礼門。平日にも関わらず、修学旅行生や観光客でごった返してた。
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 ↑首里城。戦前までは守礼門と共に国宝に指定されていた。しかし、戦争で消滅。戦前と変わらないのは土台の石垣だけてある。
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by iigaiya | 2006-02-24 23:15 | 旅っていいんやよね~