ぶらり1人旅~焼尻、天売編3~

 焼尻で泊った朝、布団の中で嫌な音と共に目が覚めた。窓がミシミシ音を立てて、何かが屋根に断続的に落ちている音がする。自分はその正体を分かっていつつも違うこと祈ってずっと布団の中にいた。8時30分ごろに宿のオバアから内線電話で朝食の用意が出来たとの電話が入る。昨日夕食後にそれぐらいの時間に朝食を食べると言っていたのだ。しょうがないので布団から出て、外を見てみる。日が昇っているにも関わらずあたりは暗い。そしてやはり、雨が降っていた。
 朝食を食べて部屋に戻るが一向に雨はやむ気配がない。むしろ強くなっているようにすら感じる。しかし、ずっと宿にいるわけにはいかない。晴れていたならばもう一度、島を一周し、前述した郷土館に行き、2時ごろのフェリーで天売島に行くつもりだった。しかし、今日は雨。郷土館だけで数時間も時間をつぶせそうにはない。そうは言ってもほかにやることがないのでとりあえず、郷土館に行くことにした。外に出ると、5月にも関わらず、風が冷たい。リュックの奥深くにしまっていたジャンパーを着てちょうどいいぐらいの気温だった。宿から郷土館までは自転車を押して数分で着ついた。
 郷土館に着き、戸を開けると勉強机のような受付のテーブルをはさんでおばさんが二人談笑していた。おばさんたちは自分に驚いたようであったが歓迎してくれ入館の受付をしてくれた。典型的にどこから来たの?と聞かれたので住まいは札幌ですけど出身は石川です。と答え、小田民宿さん(自分が泊った宿)で久谷の焼き物を見たと言うとおばさんたちはまたびっくりしていた。そして、館内にある当時のトイレは特注した九谷焼でできているから見てきたらいいと自慢げに教えてくれた。
 館内の1階は当時使っていた古民具中心の展示だった。そして確かにトイレは青の顔料で彩色された九谷の陶器で作られていた。2階には当時の写真や資料がおいてあった。今は寂れた島だが、昔はそれなりに栄えたらしいことが資料から見て取れた。 
 江戸時代から明治初期にかけてはアイヌ民族が暮らしていたが、ニシン漁により和人が増加。最盛期には1000人以上もの和人が暮らしていたらしい。当時の写真を見ると、その繁栄ぶりがよく分かる
 写真の中には初めて教育勅語が焼尻島に持ってこられた写真もあった。厳かな布に包まれ船から陸に移される場面を写したものである。岸には多くの人が並んでその様子を見ていた。帝国主義だった昭和初期。こんな末端の島にまで天皇の絶対的な権威が浸透していたのかと思うとその思想の徹底ぶりにゾッとした。(と、こうゆうことを書いて教育史を勉強している者みたいなフリをしてみる)
 一通り展示を見終え、入り口に戻ってくるとおばさんたちは寒いからコーヒーでも飲んだらと言ってくれたのでその言葉に甘えて頂く事に。そして、ストーブまでこっちに向けてくれた。
 すぐにお暇するつもりだったが、おばさんたちとの話は、話が話を呼び、なんとフェリーが来るまでずっとそこでおばさんたちと話しをすることになった!!自分はやることもなく、おばさんもどうせ今日はもう誰も来ないからと言っていたので、ならまあいいかって感じでずっとしゃべっていた。もちろん、自分が出て行くまで1人も郷土館を見に来る人はいなかった。唯一来たのはさっきまで泊っていた宿屋のオバア。自分がコンタクトの洗浄液を宿に忘れていったらしくわざわざ届けに来てくれた。ほんと、申し訳ない。そしてどうもありがとうございます。
 おばさんたちの話は離島に住んでいる人にしか知らないものばかりで大変興味深かった。朝刊が朝のフェリーで運ばれるから、どれだけ早くても9時過ぎにならないと配達されないことや、時化でフェリーが欠航になり3日ぐらい来ないことはよくあることなどなど。最長は7日ぐらい来なかったらしい。軽々しく言っていたけど、「つまり孤立状態になっているってことだろ?」と考えるとすごかった。すごくたくましい。
 おばさんたちの話はホント聴き応えがあり、これを聞くだけでも来た甲斐があったと思えるものだった。おばさんたちの強烈な北海道弁からは島を愛する気持ちがこっちにガンガン伝わってきたのだ。不便で、過疎だけど都会にはない人と人の温かみはそれらのマイナスを補って余りあるぐらいある。だから、やっぱり、都会よりこの島がいいと。
 日本人はアイデンティティを持たない、意識しないといわれる。しかし、このおばさんたちからは間違えなく、自分は島出身の人間だっていう確固たるアイデンティティがあるようにすら感じた。
 2時になるとすでに雨は止んでおり北海道から来るフェリーの姿が見えはじめて来た。自分は長時間話をしてくれた上に、コーヒーとお茶、合わせて7杯近くと、カップラーメン(近くの商店で話の途中で買ってきた)のお湯をくれたことに礼を言い郷土館を出た。自転車を返し、フェリーに乗り込む。焼尻から天売島には15分程度で着いた。
       ~まだまだつづく~
f0028773_22482146.jpg
 ↑焼尻郷土館。来た初日に撮ったので晴れてます。
f0028773_22525237.jpg
 ↑郷土館でみたウミガラスの剥製。通称オロロン鳥。泣き声が「オロロ~ン」と鳴くところから名がついたらしい。詳しくは次回書きます。
[PR]
by iigaiya | 2006-01-19 22:42 | 旅っていいんやよね~


<< ぶらり1人旅~焼尻、天売編4~ 自分勝手なB型マンセー >>