レポートの墓場

 そう、ここはレポートの墓場。今回は最後の締めがいまいちだった。ってか、レポート書くのをうまくなるためにブログはじめたのに一向にうまくならないし、早く書けるようにならない。
 おれは先天的にこうゆうのダメな人間なのかも。




 私たちの世代にしてみると、小学校、中学校、高校と進み大学へ進学するのは当たり前ように思える。そうするのが“普通”あり、そうでなくとも、高校を卒業するのは“当然"だと考える。中卒と聞いて脳裏に浮かぶイメージは決していいものではない。経済的困難で高校に行けなかったのか、素行に問題があったのかなど考えてしまう。
 しかし、逆になぜ自分たちがなぜ大学まで通っているのかを考える時、私の場合そこに明確な理由を見出せない。「大学へ行きたいのか?」と問われれば「社会の中で優位な立場に立ちたい。」もしくは「大学に行くのが当たり前だと思っているから。」という理由で「行きたい。」のである。自分が行きたいのではなく、外的要因で行くことを要請されているから行っていると表現するほうが現実に近い。
 戦前では大学を卒業するとは非常に珍しいことであり、大変なことであった。また、現在の単線型の教育体系とはことなり複線型であった戦前では大学へ行く道以外への様々な道があった。今では想像しがたい教育体系ではあるが、現在の教育制度と分断されたものではなく現在の学校は戦前にあった学校を引き継いだものがほとんどである。
それでは現在の教育制度の元となった戦前の教育制度はどのようなものだったのであろうか。また、進学する意味はどこにあったのだろうか。
戦前の学校制度は1920年にほぼ完成をみている。初等教育期間の尋常小学校は修学年限6年の義務教育であった。小学校の設置は市町村の義務であり、無償であった。小学校を卒業すると進学するものは中等教育機関の中学校へ、全く進学しないもの以外は高等小学校へと進学した。高等小学校の設置は任意であり、授業料が必要であった。
中等教育には中学校、高等女学校、実業学校があり、1943年の「中学校令」で同一の学校になるまではそれぞれ制度上別種の学校であった。中学校は各府県に一個以上設置するとした。高等女学校は尋常小学校卒業後4~5年であり、高等小学校卒業者を入学させる3年制のものもあった。実業学校は「農業工業商業等ノ実業ニ従事スル者ニ須要ナル教育ヲ為ス」ために設置され、終業年限は2~5年と様々であったが、尋常小学校卒業後の5年、または高等小学校卒業後3年の学校が圧倒的に多かった。また、小学校普通教育の延長で補習と職業教育を行った実業補習学校がある。これは働いている人を集めるため夜間の授業が多く出席率も悪かった。
高等教育機関には高等学校、専門学校、大学があった。高等学校は高等普通教育の完成を目的として設置されたが実質上は大学へ進学するための大学予科としての役割が大きかった。専門学校は修業年限が3年以上とされ、上限はなかった。中学校、高等女学校、専門学校入学者検定合格者がその入学資格であった。戦前の大学制度は1918年に確定した。大学の修業年限は三年以上で医学部においては4年以上であった。入学資格は予科修了者、高等学校卒業生がほとんどであった。
中学以上の受験戦争は激しく、1941年では中学校の志願者数24万人に対して、合格者12万4千人であり、高等学区では志願者5万6千人に対して、合格者7千人という狭き門であった。
では、なぜ学歴社会が進んだのか。その一つに学歴によって身分的格差があったからといえるだろう。第一次世界大戦後、青少年が大量に都市へと流入した際、企業において小学校卒業と中学校卒業では工員と社員の違いという大きな身分的格差があった。そのため、尋常小卒より、高等小学校卒へ、中学卒へとよりよい職を得るため、社会的地位を得るため農村においてまで学歴が浸透するようになっていった。高学歴志向は当時の工場労働者の最終学歴の変遷を見るとその傾向が顕著である。内閣府統計局労働統計実地調査報告によれば1924年では工場労働者の約20%が小学校中退か不就学者、56%が小学校卒業程度、高等小学校卒業程度が24%であった。しかし、1930年ではそれぞれの割合が10%、58%、33%となっている。
以上のように、戦前には中等教育機関、高等教育機関に様々なものがあった。ここで注目すべきは、大学や専門学校などの高等教育機関へと進む道筋と高等小学校まで、実業学校までで社会に出るといった道筋。この2つがほぼ完全に分かれていたことであろう。そこにはエリートを養成するコースと労働者として囲い込むコースがはっきりと階層分化していたように思われる。
翻って現在、学校大学は大衆化し決して一部のエリートを養成する場所ではなくなってきている。大学進学が困難ではなくなったのであれば社会的身分を上げるために誰でも大学へ進学しようとすることは当たり前のように思える。その反面、現在では高卒、大卒と言ったタテの学歴ではなく、○○大卒、△△大学卒といった、大学のヨコの学歴が生まれつつある。厳然としたラインはないが、入学する偏差値が高い大学ほど、卒業生が大企業に就職することが多く収入も多い傾向が強い。
大学を選ぶ際、「□□をしたいから○○大学へ行く。」というよりも「偏差値がこれぐらいだからこの大学へ行く。」という考えが跋扈している。このような態度は学問を修めるのではなく高い社会的身分を得ようとするから生じる発想のように思える。東京大学が官僚を養成するための学校であるように、高等教育機関が高い社会的身分を作りだすことも一つの役目なのかもしれない。しかし、私には純粋に学問を修めようと大学に進学することと、高い社会的地位を得るために大学に行くことは同じではないように思えてならない。
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by iigaiya | 2006-07-30 03:16 | どうでもいいがいや


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