乳幼児発達論

 授業のレポート。『「人は文化の中で発達する」という命題について、妊娠、出産および乳児の養育とその関連で自分の理解を論じなさい』ってもの。まだ、プロトタイプでこれから手直しする段階だけど。今のうちに完成させたいんやけど、これから一週間ぶりのバイトなもんで・・・。久しぶりすぎて少し緊張するw
 レポートはもちろん参考HPから文を拝借しまくってるでwwwってか、前回のアイヌのやつ、自分実名晒してたし。。。焦った焦った。



 人は生まれたときから親や兄弟などと生活し、その生まれた文化を享受しながら成長していく。子どもに言語や生活習慣、信仰や宗教を刷り込むことにより初めて人間として成長する“こども”として成立するのである。親に捨てられ、狼に育てられたカマラは人間でありながら狼に育てられた。その影響で人間として生きてゆく能力を全く身につけられなかった。直立歩行するのに1年半を要し、食事の時は手を使わず犬のように食べる。言語については18歳で3才児なみの能力しか身に着けることが出来なかった。人間の基本的能力である直立歩行や、コミュニケーション手段としての言葉も、決して本能的な能力ではく、これらは潜在的能力と本人の努力に加えて、両親を中心とした周囲の人の教育によって獲得されていくのである。つまりヒトに生まれても、人間社会の中で、人の手によって人間教育と学習がされなければ、人になることはできない。このことからも、人間形成において、誕生の環境や教育がいかに大切かということが考えられる。
 妊娠、出産、子育てに関する文化は子どもを社会の一員として認めてもらうためのものが多いと思われる。近世以降の日本の農村社会ではその例が顕著に見てとれる。近世以降の農村社会では地域が共同して農業を営んでおり、地域社会との結びつきが非常に重要視されたからである。そのため、なるべく多くの村人に自分の子どもを承認してもらい、子を育てる強固な基盤を固めるべく、多くの人々を集めてさまざまな行事が行われていた。妊娠五ヶ月の帯祝い(生存の承認)からはじまり、臨月の祝(生まれてくる子どもへの声援)、産立飯(子どもが生まれた祝い)、三日目の祝(産着を着させる)、七日目の祝い(名づけ)、宮参り(30日前後に氏神に参る)などが地域によりやり方や呼称を変えつつ行われていた
今ではこのような行事は少なくなってきている。それは生活する地域の共同社会の繋がりがそれほど重要ではなくなってきたという生活の変化が要因であろう。しかし、共同社会での文化が希薄になってくるにつれ、違う文化的出産へと代わりつつある。とくに、戦後急激な高度経済成長による地域社会の崩壊、核家族化、生活様式の欧米化は、出産や育児などの環境に大きな変化をもたらした。
出産に関して言えば、自宅で産婆による自然分娩から病院での施設出産が一般化している。また、母親は赤ちゃんと添い寝するのではなく一人で寝かせるスタイルが広く普及している。母親と赤ちゃんとのスキンシップにおいては1980年に米国のコロンビア大学と日本青少年研究所が行った調査によると、生後3ヶ月の乳児と母親とのスキンシップは減少傾向(前回2日間39回・今回25回)にあると報告している。
このような出産を取り巻く変化はスキンシップが少なく子どもの情緒的な発達が進まない、地域社会との接点が少なく親の肉体的精神的な負担が大きいなどの問題が内在しているのは確かである。しかし、このような変化も日本社会の持つ文化の変容により生じたのである。また、女性が持つ出産へのイメージの変化でもある。家庭に入り子を産み育てることが唯一の使命ではなく、高学歴を身につけ家庭の中に閉じこもるのではなく社会の中で働くことも広く認められるようになっている。
日本という同じ地域においても時代により出産を取り巻く環境は変化していくものである。しかし、生まれてくる子どもが社会の中でうまく順応できるような養育を受けるという点では同じである。人は出産後、生きるための栄養を与えられるだけでは社会で生きてゆける人にはならない。なんらかの文化的影響を受け初めて社会で生きてゆける“人”となりうるのだと思う。


参考HP
http://www.threeweb.ad.jp/~bonikuji/hiroba04.htm
http://www.sinri.co.jp/sinri/library/l7.htm
参考資料
田嶋一「近世社会の家族と教育」 『講座日本教育史2』 第一法規出版1984年
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by iigaiya | 2006-05-28 15:03 | どうでもいいがいや


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